ベント芝の夏越しについて
ベント芝の生理生態
ベント芝に代表される寒地型芝草はC3植物に属し、高温時には光合成の能力が著しく衰えます。寒地型芝草の茎葉部の生育に適した温度は15~24℃といわれております。光合成は二酸化炭素と水から炭水化物を合成する反応で、炭水化物は生長に利用されたり貯蔵養分(フルクタン等)として蓄えられたりします。(なお、寒地型芝草の根部の生育が盛んになる温度は10~18℃です。)
一方で一般的な話としまして植物は動物と同じように呼吸(暗呼吸)もしており、これは温度が上がるほど活発になって炭水化物を消費して二酸化炭素を放出します。更にC3植物はC4植物と異なり光呼吸も行いますが、これも高温になるほどより活発に炭水化物を消費してしまいます。
そのため日本の夏の気候においては、ベント芝は呼吸によって消費される炭水化物が光合成で得られるそれを上回るため貯蔵養分が減少していき、夏バテ状態となります。これが夏のベント芝に生理障害や病害が起こりやすくなる理由です。
ただし高麗芝などの暖地型芝はC4植物に属し夏場でもどんどん光合成をおこなって生長しますので、寒地型芝と暖地型芝は区別して考えることが重要です。
ベント芝の夏越しのための戦略
ベント芝の夏バテとそれに伴う根の衰退はベント芝の生理現象ですので、完全に防ぐことは不可能です。そこで我々としてはできるだけダメージを少なくすることを考えるしかありませんが、大きく分けて以下のような3つの方針で対応できると考えます。
①必要最低限の炭水化物の消費は仕方ないとしても、それ以上の消費をできるだけ抑える
②春のうちに根をしっかり張らせておく
③少しでも土壌表層温度を下げるよう努力する
貯蔵養分の浪費を抑える
土壌中では窒素は主に有機態かアンモニア態で保持されています。アンモニア態窒素はプラスの電荷をもつので土壌の粒子(マイナス電荷をもつ)に吸着されています。 そのアンモニア態窒素は、硝酸化成菌(アンモニア酸化細菌と亜硝酸酸化細菌)の働きで硝酸態窒素となりますが、硝酸態窒素はマイナスの電荷を持つため土壌には吸着されず遊離した状態になります。 硝酸態窒素は水によく溶けるので根が水を吸う際に水と一緒に根に引き寄せられます。 芝草はこの硝酸態窒素を積極的に吸収しようとするのですが、根はマイナスに帯電しているため硝酸態窒素(=硝酸イオン)とはマイナス同士で反発するため単純には吸収されません。 芝草は根の細胞から水素イオンを一旦放出して再吸収するときに一緒に硝酸態窒素を細胞内に取り込むといわれており、この吸収過程でエネルギーを消費してしまいます。 また、根から吸収された硝酸態窒素は細胞中でアンモニアに還元されますが、ここで更に大きなエネルギーを消費してしまいます。夏場においては光合成で生成される炭水化物が十分ではないので、これらのエネルギーの消費はつまり貯蔵養分を必要以上に浪費していることになります。
しかもこのようにエネルギーを浪費して芝草が徒長しても、刈込量が増えて更に養分を収奪されるだけで喜ばしいことは何もありません。
また、吸収された硝酸態窒素の一部は根でアンモニア態に還元されますが、大部分は茎葉部にそのまま運搬され、そこでアンモニア態になったり徒長に利用されたりします。 しかしベント芝の成長が抑制される夏場は利用されずにそのまま硝酸態窒素として留まるものが出てきます。このような状態が続いて茎葉中の硝酸態窒素が過剰になると、茎葉の軟弱化を招いて生理障害を起こし、更に病害・虫害にもかかりやすくなります。真夏にベント芝の赤焼けが起こり病害だと思われていたものが実は生理障害だったということはよくあることです。 ただし一旦生理障害にかかると短期間で治すことが難しいので結果的に病害に発展してしまうこともあるので要注意です。この時期に殺菌剤を散布しても病害が治らないとか、予防散布をしていたのに病害にかかってしまったという経験をされた方も多いと思いますが、まず病害以前に生理障害を起こしていると考えられますので窒素の管理は非常に重要です。
これらの硝酸態窒素によるベント芝への悪影響を抑えるためには、まず基本的に夏場には窒素肥料を与えないことです。(特にアンモニア態窒素や硝酸態窒素は与えてはいけない。尿素も土壌中でアンモニア態となるので良くない。)
もう一つ大切なのは土壌中に保持されているアンモニア態窒素が硝酸化されてしまうのを抑制するため、硝化抑制剤入りの資材を散布することです。 窒素肥料を投入していなくても気温が上がってくると土壌中のサッチの分解が進んでアンモニア態窒素が発生しますし、硝酸化成菌の活動は温度が上がるほど活発になりますので夏場は特に気を付けなければなりません。 硝化抑制剤入りの資材は暖かくなってベント芝の根が十分に生えそろう4月頃から10月頃まで継続して(平均3週間に1回)与え続けることが有効と考えます。 ただし地域にもよりますが6月~9月の間は窒素成分の入っていない硝化抑制剤入り資材でなければ意味がありません。
硝酸抑制剤の使用と並行して、3月~5月にかけて定期的に有機質肥料を散布すると、夏場の窒素過剰のリスクを減らせて楽に施肥管理を行うことができます。(秋は9月後半か10月頃から再度有機質肥料の散布を開始する)
丈夫な根を育てる
ゴルフ場のグリーンの宿命として、ベント芝は非常に短く刈り込まれてしまいます。 本来貯蔵養分は茎葉部にも蓄えられるのですが、刈り取られてしまうため実際に利用されるのは主に根とほふく茎に蓄えられたものとならざるを得ない状況です。 高温時にはベント芝の根は生長せず衰弱する一方ですので、春のうちにできる限り丈夫な根を育てておく必要があります。 真夏になる前に根を伸ばそうとして施肥をするという話をたまに耳にしますが、前述の通りベント芝の根部の生育に適した土壌温度は10℃~18℃ですので、日本のほとんどの地域では5~6月を過ぎたら根の生育は期待できず、どうやっても衰退は避けられません。 逆に夏場の窒素の投与は貯蔵養分を浪費するリスクが高いため過剰にならないよう慎重にしなければなりません。(高麗芝などの暖地型芝については夏場の施肥は有効。旺盛に徒長するので刈込が大変になるが。)
丈夫な根を育てるために最も気をつけなければならないのは土壌の物理的要因と微生物的要因です。土壌を団粒構造にして保水性を確保しつつ通気性をよくすることが大切ですが、砂と粘土が程よく混ざった土に、微生物が有機物を分解することで発生する物質がのりのように働き団粒構造が形成されます。 また、根圏に微生物が多様に生息していると微生物間で緩衝力が働き、特定の微生物だけが増殖しないようバランスを保つといわれています。
また、良好な微生物を増やすためにはエアレーションを定期的に行うことが必要です。 芝の根と微生物に酸素を与え、地中のガスを抜くことは芝にとって非常に良い影響を与えます。
ベントグリーンの床土が砂であったり、施肥を化成肥料だけでまかなっている場合には、完全に熟成された堆肥(土壌改良材、バクテリア資材などと呼ばれている)を目土として与えることで微生物のバランスを維持することが肝要です。 エアレーション毎に撒いたり、定期的に薄目土として与えるのが適しています。
地表温度を下げる
芝生の土壌の温度を下げるための最も簡単な方法は散水です。 散水は朝がよいか夜がよいかといった議論をよく見かけますが、真夏に限っては乾燥してきたと思った時点で迷わず散水することが重要と考えます。 水の気化熱は非常に大きく、蒸散や土壌水分の蒸発によって葉面や地表の熱を奪い続け、芝草や土壌中の温度が上昇することを防いでいます。しかし乾燥気味になると十分な気化熱が得られず地表の温度が上昇していきます。(大気の温度は気化によって下がることはない。体感的には散水で蒸し暑く感じることもあるため夕方の散水は逆効果と感じる人もいるが、地表の温度は散水によって確実に下がる。)
夕方の散水は病気が怖いという意見もありますが、乾燥気味であればすぐに散水しましょう。真夏に限っては病気よりも生理障害の方が怖いです。 ただし地温が高い時は硝酸化成菌の活動が活発になっており、そこに水が加わると硝酸の生成が一気に進みますし、昼間は芝草の蒸散が盛んなため根が水をどんどん吸い上げるので硝酸の吸収も促進されてしまいます。 硝化抑制剤を普段から使用していればそういったリスクを防ぐことができます。
サンドグリーンの注意点
ベント芝は夏前に根が上がってしまいますので、夏場には土壌中に堆積するサッチ(枯死した根)が増えます。一方で夏には微生物の活性が上がるので、このサッチが分解されて窒素分が出てきて芝草に吸収されます。
しかし、サンドグリーンで完熟有機資材を全く使っていない場合には状況が複雑になります。 サッチのような新鮮有機物が分解されるときには糸状菌と細菌が主に繁殖しますが、微生物相が貧弱なサンドグリーンの土壌では緩衝作用が働かないため、ある特定の種の菌だけが異常に増殖する現象が起こりやすくなります。 夏場の菌の異常増殖から発生しやすいトラブルについては、以下のようなものが知られています。
① 病原菌のほとんどは糸状菌、まれに細菌によるものですが、異常繁殖で病害が発生する恐れがあります。
② エアレーションを行わなかったり過灌水などで土壌中が酸素不足になると、腐敗菌が増殖し悪臭が発生します。(ただしエアレーションを行うと他の菌の増殖をさらに活性化させてしまう)
③ ドライスポットの原因はある種の微生物が土壌粒子に疎水性の被膜を作るためです。グリーン全面ではなくスポット状に発生することからも微生物が特定の場所で増殖したことが原因であることは明らかです。
更に菌が増殖する過程で菌は窒素を消費しますが、急激な増殖期には植物に窒素が行き渡らなくなり、一時的に窒素が欠乏します。 これは窒素飢餓と呼ばれる現象で未熟な堆肥を使ったときによくある問題ですが、未分解のサッチを放置しておくのは未熟な堆肥を与えたのと同じような状態です。 こうなると窒素飢餓を防ぐために真夏にもかかわらず窒素肥料を与えなければならなくなります。 しかもその後大量増殖した菌が死んで分解されるときに今度はアンモニアが一気に放出されることがあります。 有機質や粘土質の豊富なCECの高い土壌ならアンモニアを吸着しますので緩衝作用が働きますが、CECが低いとアンモニアは土壌中に遊離してすぐに硝酸になり芝草に吸収されてしまいます。 このようにサッチが堆積したサンドグリーンでの窒素のコントロールは非常に複雑で難しいものです。
サンドグリーンの夏越しのためには、常に微生物バランスを整えるよう完熟堆肥を定期的に投入するだけで管理がずっと楽になります。 投入する有機質の量は堆積したサッチに比較したらわずかなものです。 もちろん予算と人手が潤沢にあるのであれば有機質資材は使わずに、殺菌剤の予防散布・浸透剤の高頻度使用・窒素の低濃度少量高頻度葉面散布・灌水を早朝のみにする等々の対策で諸々のトラブルを乗り切ることも可能と思いますが、それぞれリスクがあるものなので繊細な配慮が必要になり、ミスが許されないシビアな管理が要求されます。
サンドグリーンであっても優良な微生物と土壌の緩衝作用をできるだけ利用できる環境にした方が安定した管理がしやすいと考えます。